ベガスでロシア人を撃つな

【映画】メリダとおそろしの森

 

メリダとおそろしの森 DVD+ブルーレイセット [Blu-ray]

メリダとおそろしの森 DVD+ブルーレイセット [Blu-ray]

 

 

 わがままで子供っぽい王女が試練を乗り越えて成長し運命を受け入れる・・・という『ローマの休日』っぽいありがちなビルドゥングスロマンには終始せず、娘と母と両者の絆、ひいてはファミリーとコミュニティ全体の成熟を描いた映画。これはピクサー作品、つまり子供向け映画なわけだけど、子供向けの映画ってのは必然的に親である大人も一緒に観るわけで、物語が打ち出す射程にはとうぜん大人の鑑賞にも響く内容が含まれてなければならない。子供はハラハラドキドキ、大人の胸にはグサリと鈍くつき刺さる。クオリティの高い子供向け映画にはそういう両義的な面白さが必要だ。そういう点ではほかのピクサー作品に決して劣っていないと思う。

 むしろ『メリダ』は、大人の方にとくに深く刺さる作品なんじゃないか。この映画で描かれる「成長」は、単に、王女メリダが責任ある大人としての自覚を持つことだけに留まらず、頑固なメリダの母エリノアの変化にも焦点が当てられる。その変化とは「習慣を捨てること」、つまり自分たちが新たな物語の主人公として運命を創造するポジションに立つんだという当事者意識の構築・自己認識の再編。歴史の局面という視点に立てばそれは"革命"であるし、もっと普遍的な教訓に話を広げれば、それが"家族を創っていく"ってことだと言えるだろう。ってことは物語の設定としては普通の家庭の話にしたほうが良かったんじゃないか、とも思えるけど、このテーマを際立たせるには王家という設定で十分効果的ではあったのかもしれない。ただ、このエリノアの心境の変化がどういう風に訪れたかの描写はいまいちぱっとしなかったかな、とも感じた。野性的な本能に侵食されていく実感から物事のコントロール不能性に気付いたのか、堂々と演説をぶつ娘の品格にインスピレーションを得たのか、単に状況の打開と時間稼ぎのために適当かまして娘を助けただけなのか。この逆転に通じる描写の積み重ねに関していえば、あまり上手くいっていなくて、違和感を覚える人がいてもおかしくないと個人的には思う。

 ピクサー映画といえば息を飲むグラフィックなわけだが、もちろん本作の映像美も凡庸な水準を二段飛びで越える出来ばえ。気品よく流れる王妃グマの毛並みや森の妖しげな活力にハイライトを入れるオアシスとしての小川、木彫りの凹凸にメリダの縮れ毛のスパイラル具合などなど。一方で夜間のシーンが多いせいか、全体を通しての艶やかなグラフィック感は他のピクサー作品とくらべると印象に残りにくい(余談だけど、どんな映画でも夜や暗所のシーンはほどほどにしてもらいたいと常々思っている。見づらいので)。

 あとすごく良いと思ったのが、主人公メリダの声をあてた大島優子の演技。これは賛否両論なんだろうか? 知らないけど多分そうだろう。個人的にはメリダのキャラと大島優子のリアルでのキャラや声質がマッチしていて良かったと思う。普段から感じてるけど、大島優子の声ってすごく「大島優子っぽい」感じがしてとても似合ってると思ってて(かわいいとは思ってない)、それでいてメリダの性格や言動も大島優子っぽいから必然的にマッチするっていう芸術的な三段論法が成立してる。完璧なキャスティングだったと思う。初めと終わりに2度あるナレーションに関してはヤバイだろとも思ったけど。

 とまあ色々、それはそれとして、家族のあり方そのものにダイレクトに示唆を投げかけるこの映画は、ピクサーフィルモグラフィー上では斬新で目新しいものだと思う。この映画を子供と一緒に見たお母さん方は大変でしょう。家族を創っていくことは子供を成長させるだけでなく、親も一緒に成長していかなきゃならないって言われてるわけだから。

 寓話としての教訓性、誰にでも理解できる話の筋立て、水準以上の映像美、スピーディーに加速する物語展開、本編90分弱という上映時間(この短さかなり大事)。どれをとっても満足で、劇場で見なかったのを本当に後悔した作品だった。