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ラッダイトってありなのか?(翻訳)

"Is it O.K. to be a Luddite?" by Thomas Pynchon 28 October 1984

 

 

 1984年が幕を下ろさないうちに、今年はC. P. スノーによる有名なリード講演「二つの文化と科学革命」が行われてちょうど25周年目に当たるのだということを祝しておこう。西洋人の知的活動が文系と理系にますます分断され、お互いが他方への理解と敬意を失っていきつつある潮流について警鐘を鳴らした有名な講演だ。もともとこの講演は、スプートニク時代における学校のカリキュラム改訂の必要性や、のちに第三世界と呼ばれるようになる地域の開発におけるテクノロジーの役割なんかを主題とするものだった。しかし、二つの文化という図式化の方が人々の目を引き、当日に議論の的となったのはそっちだった。その時点ですでにある程度簡潔だったはずの論点はさらに細分化され、諸々の主張が付され、命名されることで、さらなる論争を呼びまくったのだ。といっても、時間という霧によって妥当性が薄められたり、どう見ても手入れが必要なものもあったが。

 今日において、その種の類型化を見て見ぬふりできる人はいないだろう。1959年以来、われわれは、それ以前にはありえないほどの莫大なデータの洪水に溺れながら暮らしてきた。神秘化の幻想とは無縁というのが今の時代の定めであって、子猫たちはといえばみんな檻から飛び出してまぜこぜになりつつある。素人には理解の及ばないような専門用語で武装したり、大量の情報を振りかざすような連中の信用ならない人格について、われわれはいつでも疑いの目を向ける用意がある。今の時代、その気があれば必要な専門知識は簡単に手に入るのだ。だから、二つの文化という論争はもはや継続しようがない。地元の図書館やマガジン・ラックには楽にアクセスできるのだから、二つの文化の対立、つまり、どうやって他人の専門領域を調べる時間を作るかという話なんかより、今やはるかに多くの問題があるわけだ。

 長きに渡った四半世紀の論争のあとでさえ未だ残っているのは、人間の本性とは何かという問題だ。C. P. スノーは最終的に小説家としてその問題に取り組んだ。二種類の教育方法があるというんじゃなく、二種類の人格があるという考え方だ。四方八方に谺する古き論争、はるか遠くから高らかに響くテーブルを挟んだお喋り、そこで受けた忘れがたき侮蔑の記憶。それらが示唆するのはスノーの過激な、よって賞賛を受けることになった主張の背景だ。曰く、「われわれが理系文化を捨て去ってしまえば、あっちのインテリ連中は産業革命についての研究ができなくなるだろう」。ここでの「インテリ」とは要するに「文系」のことであり、スノー卿によれば、それは「自然なラッダイト」になるのだという。

 たぶんブレイニー・スマーフを除けば、今の時代に文系のインテリと呼びうるような人間をイメージするのは困難だ。だけどその呼称の定義を「本を読み、考える人」という程度に広げるならば、スノーの主張はそれほど分の悪い話でもない。それをラッダイトと呼ぶのかはまた別の話で、そのことは次のような問題提起をする。つまり、人をラッダイトに向かわせるような「本を読み、考える」行為なんてあるのか? ラッダイトってありなのか? っていうか、ラッダイトって何なのか? という問いだ。

 歴史の話をすれば、ラッダイトは1811年から1816年ごろにイギリスで栄えた運動だ。彼らを構成したのは集団として統率され、マスクを被り、匿名で行動する男性であり、主に繊維工業で使用される機械を打ち壊すことを目的としていた。彼らは英国王ではなくキング・ラッドという自分たちの王様に忠誠を誓っていて、自称していたかは定かでないが、少なくとも友人たちや敵対する人たちからはよくラッダイト呼ばれていた。C. P. スノーは明らかに論争を起こすためにこの語を使った。科学とテクノロジーに対する不合理な恐怖心や憎悪を引き起こすために。このやり口に従って、ラッダイトは「産業革命」への反革命運動としてイメージされる運びとなった。それの現代ヴァージョンが「産業革命を研究できなくさせる」ことだったというわけだ。

 ところで産業革命は、同時代でのアメリカやフランスの革命と同様に、徹頭徹尾暴動に終始したわけではない。よりスムーズで、明確な終局点はなく、長期的な発展の経過として進捗していった。産業革命という用語は最初、歴史学者のアーノルド・トインビーが百年前に流行らせたもので、1984年7月にサイエンティフィック・アメリカン誌が取り上げたことにより、最近になって修正主義者たちの関心を引いたのだ。テリー・S・レイノルズは『中世における産業革命のルーツ』で、蒸気機関(1765年)が果たした初期の役割はこれまで大げさに説明されてきたのではないかと述べている。蒸気で動く機械の多くは当時においてもすでに長い歴史があり、じっさい水力による機械は中世から存在していて、つまりは革命と言うには程遠いものだった。にもかかわらず、産業社会的なアイディアとしての「革命」は、フランスとアメリカにおいても似たような人物をのし上がらせ、その意味を確立するまでに長年多くの人々によって使用された。とりわけ「ラッダイト」という言葉の中に、同時代の反動主義者と反資本主義者との両方にノーを付きつけることのできる効果を見出したC. P. スノーのような人々に。

 一方、オックスフォード英語辞典は興味深い寓話を載せている。1779年、イギリスはレスターシャー州のどこかの村で、ネッド・ラッドなる人物がある家に押し入り、「ブチ切れながら」二台の靴下織機を打ち壊した。この話は世間に広まり、すぐにあらゆる靴下織機が打ち壊される事態へと進展した ――これは1710年ごろから行われてきたことだとブリタニカ百科事典にはある―― 人々の間では「ここにもラッドがいたぞ」のキャッチフレーズとともに広まった話だ。機械破壊者たちが彼の名を持ち上げた1812年には、歴史的人物となったネッド・ラッドは「キング(あるいはキャプテン)・ラッド」というやや皮肉めいた呼び名をとても気に入って、今となっては謎だが、陰鬱なお楽しみに耽るようになっていた。人知を超えた存在として、夜な夜なイギリスの靴下産業地区に出没し、コミカルなシーンを演じたのだ ――靴下織機をクレイジーに破壊しながら、それを次々に打ち捨てるという愚行を。

 ここで重要なのは、1779年の最初の暴挙でさえ、産業革命における多く機械と同じように、打ち壊しの対象となったのはべつに革新的なテクノロジーというわけではなかったという点だ。靴下織機が歴史に登場したのは1589年ごろで、言い伝えによれば、ウィリアム・リーというピュアとは到底言いがたいケチくさい牧師が発明したものらしい。リーはある若い女性に恋をしていたが、彼女は彼ではなくて編み物に恋をしていたようだった。リーが彼女のところに現れるといつもこの調子だ。「ごめんなさい牧師さま、編み物をしてるの」「またかよ?」。しばらくして、リーはこんなフラれ方には我慢ならないと思い、ブチ切れたネッド・ラッドとは違ってロジカルかつクールに対処した。つまり、手編みの靴下を時代遅れの遺物にするような機械を発明しようと思い立ったのだ。そして彼はやり遂げた。ブリタニカ百科事典によれば、このフラれた牧師が作った織機は「数百年はこれひとつで編み続けられるようなパーフェクトな代物」だった。

 長いスパンで考えれば、ネッド・ラッドがイカれたテクノロジー恐怖症だったと安易に決めつけるわけにはいかない。民衆が彼を神格化したのは、その熱心さと真摯さによるものだということは疑いようがない。「ブチ切れた」という解釈が、少なくとも事件から68年は経ったあとの第三者によるものであるのも確かだ。そして正確には、ネッド・ラッドの怒りは機械だけに向けられたというわけでもない。私が思うに、彼は自分をきちんとコントロール出来る、信念を持った武道家タイプの悪党= "ワル" だったんじゃないだろうか。

 この "ワル" の話は長い期間、人々の間で言い伝えられてきたのだった。彼のイメージはたいていは男で、時に女を惑わすこともあるものの、二つの点でかなり理想的な男だと考えられる。つまり「バッド」で「ビッグ」だという点だ。バッドとはモラルに欠けているということじゃなく、大事において必要があれば悪事も厭わないという意味である。ただここで注意すべき点は、大事というものは掛け算的な効果があるということだ。

 最初のラッダイト運動の発端となった織機は200年もの間、人々を失業状態に追い込んでいた。この事態に巻き込まれた人はみなこう考えた ――まあこれも人生の一部だと。また彼らはこうも考えた。機械を所有しているのは、働きもせず、人を雇ってばかりの連中だけじゃないかと。あのドイツ人学者を引くまでもなく、賃金と就労について何が起こったか指摘できる。人々は機械に対してシンプルで不合理な恐怖心を抱いたわけではなくて、それはむしろもっと複雑な感情だった。つまり、人間は機械に対して愛と憎しみの両方を育んだのだ。もちろんそれらは、とりわけ機械のそばにいるときには当然の、不公平感と恐怖心という少なくとも二つの掛け算的効果に対するシリアスな憤りだった。一つは機械に象徴される資本の集積という現象であり、もう一つは人間を失業に追い込むような ――仕事は多くの人の魂にとって「価値ある」と言いうるものだった―― 機械の能力だった。キング・ラッドに特殊でバッドなカリスマを授けたもの、あるいは彼をローカルな英雄から全国的なパブリック・エネミーに仕立て上げたものは、足が生えて動き出すわけではないあの敵どもよりも急速に増加し、倍加していくものに反旗を翻す彼の行いだった。個人が時の力学のなすがままに翻弄されてしまうような時代には、人は平等や改革を求めるものだ。たとえそれらが想像や願望にとどまるにすぎないのだとしても。その思いがこの "ワル" や、あるいはジン、ゴーレム、ハルク、他のスーパーヒーローたちに託されたのだ ――でなきゃ誰が人々を飲み込む強大な力に対して一発かましてくれるというのだ? もちろんそれでも、現実的というか現世的な打ち壊し運動はちゃんと続けられた。世間の人々や労働組合員たちは来るべき時代に備えて、献身と団結と規律とを捧げて、例の掛け算的効果を実現しようとしたのだ。

 まさに驚きの階級闘争だった。この運動は議会にも繋がりがあったのだが、特にバイロン卿は同情的で、1812年には貴族院で反ラッダイト法案への抗議演説をぶった。その法案は、機械の打ち壊しに対し死刑を課すという抑圧的なものだ。「ラッダイトには身を寄せないのか?」バイロン卿はヴェニスからトマス・モアに書き送った。「誓ってもよい! 闘争がある時、余は汝らと共にあると! どうして織工たちを放っておけよう? 機械の破壊者たち、政界のルター派、改革者たちを!」。また同時に「親睦のシャンソン」なるラッダイト讃歌も付されていたが、こちらはあまりに扇動的だったためか、生前に公開されることはなかった。ところでこの手紙の日付は1816年12月とある。バイロンは前の夏をスイスで過ごし、シェリー一家とともにしばらくディオダディ荘に閉じこもって、降りしきる雨を眺めながら、お互いに怪奇譚を披露しあっていた。実のところ12月までには、メアリ・シェリーは4章から成る小説『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』の執筆に取り掛かっていたのだ。

 ラッダイト文学なるジャンルがあるとすれば、その小説はテクノロジーについて、あるいはそれを手懐けたり収拾がつけられなくなったりしたら一体何が起こるかについての警句を発しているという点で、最初かつ最良のものだろう。ヴィクター・フランケンシュタインの作り出した怪物は間違いなく文学史に残る "ワル" の一つだ。「よし、決めたぞ……」ヴィクターは言う、「巨大な代物を作り出すのだ。身長八フィートの大男を」。これは先述の「ビッグ」の話だ。どうして彼がバッドになったかというのがこの小説の核心だが、本の中では直接には触れられない。というのも、まず怪物自身がヴィクターに語りかけ、次にそれを入れ子構造としてヴィクターの内心が語り、さらに入れ子的に、北極探検家のロバート・ウォルトンが手紙によってその全体を語るという構成になっているからだ。ところでこの「フランケンシュタイン」というキャラが長く生き残ってきたのは、正当な評価を受けているとは言いがたい奇才、ジェイムズ・ホエールによるところが大きい。この作品を映画に翻訳した彼は、原作そのものよりも映画のほうを長生きさせた。われわれが小説というものを読む理由のすべてをかき集めたものと同じくらい、この映画版はそのラッダイト的な価値に関するエッジの効いた疑問を提示している。要するに、日が暮れてから手にしなければならない、回りくどいやり方で表現された文学というフォーマットを通して、機械への反抗を描くという企てに対しての疑問だ。

 例えば、どうやって怪物を組み立てて命を吹き込んだかについてのヴィクターによる説明を見てみよう。もちろんその説明は、ディテールに関しては曖昧にならざるをえないが、手順やプロセスに関してはいくらか読み取れることがある。例えば外科手術、電気手術(ホエールが描いたようなド派手なやつとは違う)、パラケルススアルベルトゥス・マグヌスにヒントを得たような化学手術(錬金術とかいう今では誰も信じていない魔法の一種だ)など。一方で明白なのは、よくある首にボルトがぶっ刺さった描写とは違って、その手術方法も結果として出来上がる怪物の方も、別に機械っぽくはないという点だ。

 これは「フランケンシュタイン」と「バッドでビッグな奴」の昔話との間に見られるいくつかの興味深い相似の一つだ。ホレス・ウォルポールの『オトラント城奇譚』(1765年)は、一般的にゴシック小説の先駆けとみなされている。彼とメアリ・シェリーの共通点は、著作の全部分を自分一人で書いてはいないという点だ。メアリ・シェリーの方の序文は夫のパーシーによって書かれ、メアリの名で出版された。それから15年もたたないうちに「フランケンシュタイン」の序文を今度は自分で書いた。他方ウォルポールはといえば、中世イタリア人の著作を翻訳したと詐称することで「でっちあげ出版史」の一部にその名を刻んだのだ。のちに第二版の序文でようやく自分で書いたものだと認めたわけだが。

 この二つの小説はとてもよく似た夜行性的出自を持ち合わせている。両方とも著者の明晰夢から生まれた小説なのだ。メアリ・シェリーはジュネーヴで怪奇談義を披露し合ったあの夏のある日、寝付きの悪い夜を過ごしていた。すると突然、例の怪物がこの世に現れてくるのを幻視した ――「いつもの夢とはまるで違った現実感覚をともなって」そのイメージが喚起されたのだ。ウォルポールの方は、夢から醒めた時こう述べたらしい。「自分が古いお城にいたことしか思い出せない…… 荘厳な階段の豪華な手すりの上に、甲冑の巨大な手が置かれた場面を見つめていたことしか」。

 ウォルポールの小説内でその手はオトラント城の前城主アルフォンソのものとして登場する。さっきのきらびやかな表現とは違い、オトラント城は "ワル" の根城として描かれている。アルフォンソはフランケンシュタインの怪物と同じく、バラバラのパーツから組み立てられていて ――クロテンの羽毛のヘルメットに足、剣、その他もろもろ全てが手と同様にやたらと大きい―― パーツは空から降ってきたか、その場所で物質化されたかだ。まったく、フロイトの「抑圧されたものの回帰」なみに情け容赦ない。出来上がったアルフォンソが動く仕組みも、またもや「フランケンシュタイン」と同様、とくに機械っぽいところはない。最終的には家族の呪いだとか、オトラントの守護神によるとりなしだとかの神秘的な力によって「とんでもなく馬鹿でかいアルフォンソ」は出来上がる。

 「オトラント城奇譚」以後のゴシック小説に見られる気の触れっぷりは、私が思うに、旧き神話的な世界へのディープかつ宗教的な憧憬に端を発している。魔力の時代と言われるようになっていたあの世界だ。まあだいたい文字通りに受け取ってもらって構わないが、18世紀の民衆は、はるか昔には今ではありえない色々なことが起こりえたのだと信じきっていた。巨人、竜、呪文。自然界の決まりごとはそれほど完璧に解明されているわけではなかったのだ。かつて魔法によって実現していた物事は、理性の時代には単なる機械の力に退化した。ウィリアム・ブレイクが書いた闇のサタンの工場は古き悪魔的な魔術の象徴だったが、その美しさも失われてしまった。一方で、宗教というものが理神論と無宗教によってどんどんと世俗化されながらも、神と死後の世界による救済 ――叶うならば、肉体の復活も―― を確信したいという人の欲求は相も変わらず残されたままだった。メソジスト運動とアメリカの大覚醒運動の二つは理性の時代に対抗する唯一の拡大戦線だったが、そのお仲間には急進主義とフリーメーソン、ラッダイトとゴシック小説も含まれる。そのどれからも信仰の力を打ち捨てるわけにはいかないという強迫的な意思が感じられるが、一方で「不合理」という語は、テクノロジーに対する政治的な要求、あることがどうやって起きているか解明可能なのかという説明を求める際に立ち現れるものだ。「ゴシック」という言葉は「中世趣味」という意味に変わり、よって「摩訶不思議」というニュアンスは生き残った。それはラファエル前派の芸術家たち、世紀の変わり目のタロットカード、漫画やパルプ雑誌スペース・オペラを経由して、現代の「スター・ウォーズ」のような剣術と魔術の物語に受け継がれたのだった。

 摩訶不思議なパワーを崇めることが機械を撥ね付けること、少なくともそう意思表示することになるというなら、それは場合によっては超越的な体験を可能にするほどの「バッドでビッグ」な奴なのだということにはならないだろうか。この理屈でいけば、例えばキング・コング(?-1933) は古典的なラッダイトの妖魔だと言える。この映画のラストシーンでこんなやりとりがあったのを覚えているだろう。「飛行機が奴を倒したんだ」「いや違う…… 美女が野獣を殺したんだ」。またもやわれわれはこのC. P. スノー的分裂に出くわしたようだ。ただしひとつ違うのは、今回は人間とテクノロジーの間のそれだということだ。

 しかし自然の法則 ――宇宙、時間、熱力学、それらの包括的な概念である「死すべき運命」―― をフィクションによって征服するという意思は、しかるに「<不>純文学」という文学のメインストリームによる裁きを待つというリスクを冒すことになる。この種の話題において「純」であることの意味は、大人は伝統的に、死というものを真面目に考える必要のない子供という存在への対置概念として自らを定義するのだということだ。19歳で「フランケンシュタイン」を書いたメアリ・シェリーはこう述べている ――「私は愛着を持っているのよ。このうら若きハッピーな日々に。死やそれに伴う悲しみは、私の心のなかではまるで純粋なものとして谺してはいないの」と。死のイメージ、あるいは特殊効果と安っぽいスリルよりも幽霊的終わりなき存在のイメージを主に取り扱うゴシックというジャンルでは、たいてい、「純」かどうかという基準では評価されないし、そもそも自分の村に閉じこもってしまっている。だがそのジャンルは文学という名の大都市 ――言ってしまえば、かなり厳密に区分けされている―― における唯一の隣人というわけではない。西部劇では善き人が常に勝つ。恋愛小説では愛はすべてを乗り越える。推理小説ではどの登場人物よりも読者にもっとも多くの情報が与えられる。われわれはよく漏らす。「でも現実の世界はそんなんじゃない」と。これらのジャンルは事実に反していて、「不純」であって、「現実逃避料金を課す」の書き込みとともに赤線を引きたくなってしまう。

 SFの場合これはとくに不幸なことだといえるが、ヒロシマ以後の10年間は、歴史上まれに見るほど文学的才能(天才と呼びうることもしばしば)の芽が花開きまくった時代だった。それと同じくらい重要なのは、ビート世代も同時進行で開花しつつあったということで、間違いなくこれは主流文学 ――冷戦と赤狩りという政治的気まぐれによってお陀仏にさせられたいくつかの例外を含む―― なんかよりもはるかに重要だった。二つの文化というほとんど理想的ともいえる類型化とともに、SFは当時におけるラッダイト的使命のための第一の逃避先として出現したのだ。

 1945年までに、工業生産システム(産業革命の成果である「機械」の寄せ集めというレベルではない)は、マンハッタン計画やドイツのV2ロケット計画からアウシュビッツに代表される死のキャンプに至るまで拡大を続けた。この三つの成長曲線が遠くない将来どうやって一点に収斂していくかについての予言にはまったく注意が払われなかった。ヒロシマ以後、核兵器が急速にコントロール不能に陥っていき、そのお届けシステムが地球規模での精度と無限の射程を獲得していくさまをわれわれは目撃している。ホロコーストの正確な犠牲者数は7〜8桁に達したと見られ、この数字は ――とりわけ軍事政策を指揮する立場の人々からは―― 支配的見解と見做されるようになった。

 50年代のSF作家たちにとっては大したサプライズではないが、現代のラッダイト的想像力はいまだ「バッドでビッグな」反抗的バケモノに追いついてはいない。フィクションに最大の責任があるわけではないが、その種のバケモノたちは勃発するはずだった核戦争と比較されはじめている。だから、核の時代・冷戦の時代のSFに、われわれはラッダイト的衝動に対する別の方向からの機械への異議申し立てを見出す。この時代のSFでは人間性 ――エキゾチックに進化した文化、社会問題に寄り添ったシナリオ、時空についてのパラドックスと試行錯誤、剥き出しの哲学的問いかけ―― を描くという観点からハードウェアの描写は抑えられた。文芸評論ではそれらが詳しく議論され、また「機械」との差異を際立たせるための「人間」の定義もさかんに議論された。かつてと同じように、この20世紀のラッダイトも別の時代へ憧れの視線を向けていたのだ。あの理性の時代が、最初のラッダイトを魔力の時代へのノスタルジーに向かわせたのと奇しくも同じように。

 しかしわれわれは今やコンピュータの時代に生きている、と言われている。ラッダイト的感受性の見取り図とは一体どんなものだろうか? その屋台骨が、過去に織機へ向けられたのと同じ敵意を再生産するだろうか? やはり、私にはそうは思えない。あらゆるジャンルの作家がワープロ売り場に殺到している時代だ。機械はすでに大変ユーザー・フレンドリーになっているから、もっとも時代錯誤な類のラッダイトでさえ、古いスレッジハンマーをなげうって数ストロークのキー・タッチの方にべったりになるはずだ。金と情報の互換性がいっそうストレートになったため、「知識は本当に力なり」のコンセンサスが形成されつつあるようだが、それ以上に言えるのは、ロジスティクスが機能しさえすれば奇跡的な魔力の方もいまだ健在だということだ。そうだとすれば、ラッダイトは結局のところ、C. P. スノーの一派と共通の敵と戦っていたのではないか。つまりそれは「骨の髄まで未来的」なテクノクラートたちの頼もしき援軍のことだ。やはりこれは例の宿命的なラッダイト的アンビバレンスの新たな形態でしかないのではないか。言いかえれば、魔力に対する深刻なラッダイト的願望は、データを正しく扱える人に正しいデータをせっせと供給するコンピュータの能力によって実現されているんじゃないかということだ。予算と演算処理時間を適切に組み合わせればガンも治せるし、核戦争の危機からも身を守れるし、食糧もすべての人に行きわたるし、暴走する資本主義的強欲もデトックスしてくれる。懐かしの夢物語が現実になるのだ。

 「ラッダイト」という単語はテクノロジー、とりわけ核のあれこれに反対する人をバカにするためにいまだ使われ続けている。ラッダイトはもはや工場のオーナーや無防備な機械たちからの脅威には直面していない。おなじみの大統領として、あるいは無自覚なラッダイトとしても知られるドワイト・アイゼンハワーは、執務室を離れる時こう予言した。いま議会に根を張っているエスタブリッシュメントは陸海空軍の高官や企業のCEOで、中流下流の連中は完全に蚊帳の外だが、その状況が今後も続きはしないだろう、と。人はみな平穏無事な日々が続いていくことを願うものだが、例のデータ革命のせいで、ある種の人々がいずれ馬鹿をみる確率が日々高まっている昨今である。もしこの状況が続いていくとすれば、次なる大変革がいつ起こるかに要注意だ。人工知能分子生物学、ロボット工学の研究開発曲線がひとつに収斂する時、それはやってくる。予測不可能かつびっくり仰天な変革が。そのせいであのお偉方の大将でさえ ――心からそう願おう―― 無様に落ちぶれる結末が待ち受けている。人はみな生きていてよいのだという権利。それは間違いなくすべて善きラッダイトが(願わくば)手に入れたいものなのだ。その夢が現実になるまでの間、まあ間に合わせ程度だが、われわれはアメリカ人として、バイロン卿の反抗的即席ソングで気を紛らわすことにしよう。彼はこの歌の中で、同時代の傍観者たちと同じように、最初のラッダイトと自分の革命の正当性を分かりやすく結び付ける何かを見いだしている。歌い出しはこんな調子だ:

 海の向こうの自由な若者は

 自由を安値で血で買い取った

 だから俺たち、若者たちも

 戦って死ぬか、自由に生きるか

 キング・ラッド以外のキングどもをぶっ倒せ!