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【書評】楠木建『好きなようにしてください』を読んだ

何かにつけて「良し悪し」の議論になりがちな仕事論、キャリア論において、「キャリアというものは、どこまで行ったって個人的な問題でしかないのだから、好き嫌いだけで決めていいじゃないか」というスタンスで貫く、経営学者の楠木建先生の人生相談回答集。

News picks上で行われた企画なので、「大企業とスタートアップどちらに入社すべきか分からなくて不安です」「このまま大企業に居続けて成長できるか分からなくて不安です」「オンリーワンなスキルを身につけないとこの先生きていけませんが何をすれば得なのか分からなくて不安です」などの不安を抱くネオコン教スタートアップ派の潜在信者たちが主な相談者。それらのほぼすべてに対して「あなたの好きなようにしてください」とひたすら紋切り型の回答が延々と続いていく。50人くらい?の学生・ビジネスマンの人生相談が扱われているにもかかわらず、すべてが紋切り型の回答で済んでいるというのがミソで、つまり彼らは結局のところ自分の深いところにあるもの(経験、体験、考えの積み重ね)ではなく、突然伸長してきた見知らぬ勢力(彼らの場合は典型的なNewspicksユーザに代表されるような人、信条、固定観念、場の空気)の熱意に満ちた宣教活動に影響されて、余計な不安を感じているのである。つまり楠木先生が対話している相手は、個々の相談者ではなくて、時代の空気なのであり、2010年代の第二次テックバブルが社会に与えたインパクトの本質は宗教改革なのだということを改めて理解した。

 

楠木先生のユーモアや、教育者というか人生の先輩としての懐の深さが好きなのだけど、中でも好きなのが「インドでプログラミングを学べば、自由になれますか?」というぶっ飛んだ人生相談への先生の回答。

相談者が人生の重要な局面での決断を好き嫌いで選んできたことについては「筋が良い」と先生は言う。「大きなものに寄りかかることなく自由に働きたい」という自分のキャリアの起点をきちんとコンセプト化できているのは良いと。ただし、そのコンセプトを具体化したものがなぜ「インドでプログラミングを学ぶ」なのか?(笑)という点につっこみが入る。

先生曰く、こういう時は「具体と抽象の往復運動」を根気強く行うべきなのだとのこと。何か上位コンセプトを仮決めした上で、そのコンセプトを具体化するような選択肢をいくつか出してみる。それらをすぐに選ぼうとはせず、まずはじっくり検討してみて、それぞれの共通点と相違点を見つけた上で、再度上位コンセプトに立ち返って微調整する。これを納得いくまで繰り返す。そうすると、本質的な(多分「長続きする」ということだろう)自分の好き嫌いが見えてきやすい。

具体的なオプションが出てきても、すぐにどれかを選ぼうとしてはいけません。まずはそれらをじっくり眺めてみる。それぞれのオプションの共通点とか相違点が見えてくるはずです。そうすると、とりあえず上位に置いた「場所に縛られない自由人」が本当のところ何を意味しているのか、自分のコンセプトに対する理解も深まるはずです。これが、具体から抽象へと上へ移動する思考の動きです。その結果、「場所に縛られない自由人」というコンセプトはさらに洗練され、自分にとってより大切なものが見えてくるかもしれません。

 

 

この本には前編と後編があって、それぞれ「好き嫌いと経営」「好き嫌いと才能」。こちらも読んでみたが、「才能」編は多くの人にすすめたい。先生の言う「役職や職務以外の職業上の役目を持つこと」へのヒントになると思う。なんであれ仕事で何者かになりたいと思っている人にはおすすめ。

「経営」編は読まなくていいかなあ死ぬほど経営者になりたい人以外は。あるいは死ぬほど経営者になりたい(なりたかった)人を理解したい人以外は。