ベガスでロシア人を撃つな

(執筆中)SFを土台にシリアスな笑いと行動力に関する批判をテーマとする題名未定の小説

    それはいまだに素晴らしい眺めだった。皇居が銀色の炎をまとって静かに燃え続けている、もう半年も。
    敷地を囲む水面に、屈折した炎の青白いオーラがきらびやかに写っている。連中が立ち去ったあと、僕の胸には同じように淡く輝く思い出が残されたのだった。
 
    連中が、そのサソリ型のエイリアンたちがはじめて人類の前に姿を現した時、そのあまりに陳腐な姿に、誰もが落胆したものだった。『第9地区』を撮影したニール・プロムカンプは「科学は想像力の下位概念だった」と言い放ってメガホンを投げ打ち、リドリー・スコットお笑い番組のゲストに頻繁に呼ばれるようになった。
    ただ、すぐに ーー 彼らが地球に降り立ってほんの2、3日で ーー 判明したのは、そのサソリ型エイリアンどもの時間概念の驚異的なスピード感だった。彼らの種族がアルファケンタウリE63系のハビタブル・ゾーンでその直系の祖先となるロブスター型非知的生命体から進化の枝分かれを果たして誕生したのは、我々人類の暦上では、なんと1997年のことだった。1999年7月には彼らの暦はA.D.101年に達しており、今まさに預言者がヤギの背中に跨って(連中にとっての)エルサレムに入城せんとするところだった。地球のマーク・ザッカーバーグがハーバードの学生寮で「フェイスマッシュ」を立ち上げた頃には、彼らの星ではすでに恋愛マッチングアプリの流行が一段落しており、2011年3月には彼らのカレンダーは24つ目の千年紀の最初のお正月を迎えていた。彼らの科学技術の発達スピードはもちろん、シリコンバレーのスタートアップも真っ青のホッケースティック曲線を描いており、2006年12月18日にはすでに構造的な原子力エネルギー抽出技術が実用化されており、悲劇的な事故によって3度ほどその技術を打ち捨てた挙句、彼らが地球に立ち寄った2017年6月(グレゴリウス暦で)時点では4度目の原子力ブームに湧いていた。
    これまたあまりに陳腐な話で、地球上のすべての人を落胆させたのだが、彼らの侵略の目的は地球資源の略奪にあった。彼らが地球に滞在していたのはわずか2ヶ月ほどであったが、地球側のG8はその異星の科学技術を見るにつけ、(彼らに可能な限りのASAPで)地球のウラン採掘権をどの程度異星人たちに与えるのが良いかスイスの湖畔で話し合おうとしていたのだが、最後にレマン湖に到着した日本の首相が会議室に入るまでに彼らの長官は18度も交代し、船内派閥は集合離散を繰り返して原型を留めず、それどころかすでに3世代ほどの世代交代が完了していた(初めて地球人と相対し、その綺麗なカナダ英語で人びとを驚かせたあのエイリアンは、仲間から老害呼ばわりされていた)。第一言語は6回代わり、9回の憲法改正を経て彼らの人権(エイリアン権と言うべきではない)を支える論理はみるみるうちに瓦解していき、そのたびに紛争を繰り返すので船内の人口はあっという間に半減していた。じきに日本の首相が別荘のロッキンチェアに腰掛け、G8の他の首脳たちが見守る中、日本人同士でしか通じないクレオール語のように奇妙な英語で挨拶をしつつ傍らに侍る日系アメリカ人の通訳がその文頭から訳し始めようとしたその瞬間、連中の母星でメタ・ハイファイ・ガス発電なる再生可能エネルギー創出スキームが発明された。一報を耳にし、もはやウランごときになんら魅力を抱く理由を失った彼らは、進行中の船内内戦の講和条約を手早く締結し、そそくさと生まれた星に帰っていってしまった。
 
    これは喪失の物語だ。誰にでもあるお別れの話。ただあまりにスピーディーなエイリアンの登場だけが例外で、他の部分はよくある成長物語。未熟な少年がうら若き少女と出会い、離別し、大人になって再会するが、決して結ばれはしない、そんなありふれたエピソード。
 
    2017年の夏だった。アイスクリームが宇宙人の額に垂れた。核はいつも通り使用されなかった。人類は核を使うことが出来ない。いくつかの例外を除いては。
 
(執筆中)