ベガスでロシア人を撃つな

【映画】フライト

フライト ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]

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 劇場で見て、DVDでも見た。今のところ今年ナンバーワンクラスの面白さだった。観客の目を引きつけて離さない優れた物語展開とクリティカルな問題提起が両立している、とてもバランスのとれたエンターテイメント作品だと思う。

 冒頭20分の展開は、今後飛行機に乗れなくなってしまうほどゾクっとくる、秀逸なトラウマシーン。背面飛行、垂直に墜落していく飛行機に乗り合わせる恐怖がぐいぐいと迫ってくる。デンゼル・ワシントン演じる主人公が、胴体着陸直前に新米の副操縦士や馴染みのCAに覚悟を迫ったときの「腹のくくり方」は、本当にシビれるほどカッコいい。

 

 そしてこの映画には、冒頭のサスペンス展開以上に重要な、ある問題提起が打ち出されている。それは、「アルコールの悪性についての評価」だ。

 この映画で主人公は、「10人のパイロットにシミュレーションさせて1人も成功できない」ような、的確な判断力と操縦技術を発揮して乗客を救うという英雄的な行動を取った一方で、飲酒操縦に対する刑事罰がそれとは別個に評価され、その結末では投獄されることになる。むろん、酔っ払ったまま飛行機を操縦することは(当然にすぎるが)重大な違法行為であるので、罪人として刑務所に放り込まれてしまえば、その前に行った偉大な行為は帳消しの処遇に遭う。

 重要なのは、主人公のケースでは飲酒が判断ミスなどの過失に一切結びついておらず、むしろアルコホリックであったことから考えて、適度の飲酒が主人公の判断力と危機的状況での落ち着きを促進したはずだということ。

 つまり、飲酒運転のおかげで乗客の命が助かった可能性すらありうるということだ。にもかかわらず、当然ではあるが、違法行為として刑事罰に問われてしまう。

 このお話が実話であるとは考えにくいし、実話であったとしても滅多なことではないケースであるものの、現実にありふれたある問題、つまり飲酒運転の問題に対する問いかけを含んでいる。この映画を寓話としてとても魅力的なものにしている要因は、まさにその点だと思う。

 飲酒運転はアメリカではそれほど取り締まりが厳しくないらしいが、日本では極めて重大な犯罪とされているし、飲酒運転者に対する世間の風当たりも非常に強い。

 一方で、飲酒が実際にどの程度事故の直接の原因となっているかは推測の域を越えることができない。アルコールを摂取して運転し事故を起こしたとして、果たしてその事故が飲酒による注意力の低下が招いたのか、飲酒していなくても起こり得た必然的な事故なのか、事後的には判断のしようがないからだ。あるいはこの映画での主人公と同様に、適度の飲酒によって感覚が冴え、起こるはずだった事故を避けることができたような事例さえあるかもしれない。

 そんな事例を想定することは、そもそも事故が発生していないために、パラレルワールドを扱ったSFを書く際にしか用が無いようにも思える。だがしかし、起きた事故の原因を考えるためには起きなかったケースまでを全体として考えなければならないのだ。

 それはともかくとして、確かに飲酒が原因となって起こった事故とそうではない事故を事後的に見分けるのは、現場を再現して実験を行うことができないために、基本的に不可能である。

 よってきわめて自然に、飲酒運転に対する罰は「疑わしきは罰する」方向へ進むのだ。これが飲酒運転が実際のところよりもはるかに重い責任を負わなければならなくなっている事態の真相だと僕は思う。

 

 飲酒運転者は実際より重い責任を負わされることとなり、受けるべきでない罰を受ける。本作の主人公も存在しないはずだった責任を引き受ける結末となり、その不条理な結末を目撃した観客は、なんとも拭いがたいつかえを自らの心の管に感じてエンドロールを迎える。主人公の息子が発する「パパは何者なの?」という疑問は、その観客の気持ちを象徴している。

 この映画を見た観客は、魔女狩りのように徹底した飲酒者の摘発が、本当に悲劇に対する万能薬であるのか考えさせられるのだ。