ベガスでロシア人を撃つな

<読書録>『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』

 かつて、音楽が無料で手に入る時代があった。1990年代の終わりから2000年台半ばまでの間、CDはまるで売れず、というかCDに収められていた楽曲(1枚あたりだいたい12曲)は音楽の海賊たちによってウェブの海上に放流されていた。音楽ファンは無料で、自宅から、アーティストたちの作った作品を自分のものにし放題の時代だった。

その海賊版の時代以前、音楽はだいたい10曲当たり3,000円も払って購入しなければならなかった。音楽が欲しい人は、財布から物理的な紙幣を取り出し、雑菌まみれのお札に触れて手を汚しながら、わざわざ繁華街のCDショップに出向いて物理的なディスクを購入していた(しかも、ショップに行くための電車賃まで支払っていた)。
 
そして本書が出版された2016年。実は今も、音楽は無料で手に入る。だが、海賊版mp3の太平洋だったPirateBayやMegaUploadが干上がってその姿を消し、誰もがクラウドストレージの利便性に味をしめた今、海賊版の音楽を欲しがる人はもはやマイノリティになった。代わりに人びとが音楽を手にい入れる場所はSpotify、AppleMusic、AmazonPrime Musicを始めとした、サブスクリプション型のストリーミングサービスになった。その対価さえも、無料時代以前と同じ水準に戻ってはいない。今や月額1,000円以内で、数百万曲の楽曲を手に入れることができる(もちろん電車賃なしに)。とはいえ、音楽を含めたあらゆるものがネット上で無料で供給されるようになった今の時代、数百万もの音楽を聞くような暇や意欲も、僕たちは持ち合わせていないのだが。
 
上述のシリコンバレーのテクノロジー集団により音楽は再び有料になったが、そのビジネスモデルは古き良きCDアルバムの時代ほど洗練されてはいない。ニューエコノミーの覇者たちは、自らの新しいプラットフォームから往年の音楽レーベルほどの収益を上げられておらず、アーティストたちは割りを食わされたままだ。音楽ビジネスの大量絶滅の後、その大地は干上がったままになった。
 
本書は、そんな海賊版の時代を舞台に、音楽を無料にした張本人たちを描く群像劇だ。本書には主に3人の人物が登場する。海賊版ブームの土台となったmp3規格を発明したオタク技術者。世の中に流通する海賊版mp3の大部分を(人知れず)流出させた、CD工場で働く黒人労働者。時代の波に乗りながらアーティストを守り、そして自らの営業利益も守りきった音楽レーベルの名物CEO。その三人がこの本の主人公だ。さて、誰が音楽をタダにしたのか?
 
結局のところ、海賊版時代の主人公たちはみな舞台から退場し、代わりにアップルを始めとしたシリコンバレーハッカーたちが音楽ビジネスの主役に取って代わった。だが彼らも、例の古きよき時代のレーベルほどには音楽で金儲けできていない。業を煮やしたアーティストたちも色々と実験しはじめている。静的な楽曲データの販売ではなく、ライブのチケット販売および会場での物販に活路を見出すやり方が、今のところの主流のようだ。本書でも言及されているとおり、レディオヘッドはスポティファイから曲を引き上げてビットトレントでアルバムをリリースし、投げ銭方式(聞いた人が自分の好きな金額を支払う)での収益化を試みている。レディ・ガガはアルバムを1ドル以下で売り出し、発売1週間で100万枚を売り上げた(もし昔ながらの3,000円という価格で販売していたとしたら、わずか330枚の売上に過ぎないのだが)。日本のHi-STANDARDは、事前予告なしにリリースした16年ぶりの新曲をリアル店舗のみで販売し、オリコンチャートで首位を取った(もはや他のCDはリアル店舗には置いてなかったのかもしれないが)。
 
結局のところ、海賊版革命は長続きせず、一時の流行に過ぎなかった。当たり前の話だが、それでは音楽を作る人がいなくなって、結局のところどのみち市場は消え失せてしまう。市場は生き延びたが収益性はまさに焼け野原で、AppleSpotifyのようなディストリビュータだけがわずかなパイを奪い合い、クリエイターが飯を食えない状況はいまだに続いている。